| 頂いたご意見は、2月16日にeメールにて、下記の6名の民主党議員にCcで送りました。挨拶文などはみなさまの意見に沿うよう配慮したつもりです。ご協力に感謝いたします。 民主党へ:原発推進政策を変えてください
また一方では依然として危険な放射性廃棄物の最終処理への科学的な展望もないまま、そしてこれも依然として事故 (添付ファイル挨拶文) (添付資料)藤田裕幸さん講演会資料より、項目毎に一部抜粋 「日本の原子力発電って大丈夫なの?」 2010/2/8 グリーンコープ生協おおいた主催 ・原子力問題は放射能問題 1) 放射能放出の可能性 一基の原発(100万キロワット中)には約1トンの核分裂生成物(死の灰)が内蔵されていて、 その量は広島型原発の1,000倍に相当。広島の放射線影響の範囲が半径数キロであったのに対し、 チェルノブイリ原発事故の影響範囲が少なめに見ても数百キロであったのはそのため。 2) 労働者被爆 汚染が著しい原子炉周辺には最下層の日雇い労働者がは使い捨て労働力として動員され、健康障害 が発生しても救済を受けるすべもなく放置されている。 3) エントロピーの問題 …重大事故を起こすことなく寿命を迎え、原子炉が廃止されることになったとしても、稼働中に 排出された放射性廃棄物は残されることになる。一基の原発が40年間稼働したとして残される「死の灰」 は40トン。50基の原発が寿命を終えたあとには、単純に計算しただけでおよそ2,000トンの高レベルの 放射性廃棄物が残されることになる。 2009年2月、アメリカの原子力規制委員会(NRC)は「ネバダ州ヤッカマウンテンに計画されている高レベル 放射性廃棄物最終処分場について、100万年後の放射線レベルまで考慮して計画を審査する」と発表した。 これまで日本政府は1万年の封じ込め技術についての保証を主張してきたが、100万年後までの封じ込め技術 の技術保証は、これまでの科学技術の歴史の延長線上では、ありえないはなしである。…………. ・あわや原発事故 (地震) 2000/10/6 島根原発から50キロはなれた震源で、島根県西部地震(M7.3) 2007/3/25 滋賀原発沖合、能登半島地震(M6.9)(当時原発運転は停止中であった) 2007/7/17 柏崎・刈羽原発の直下で、中越沖地震(M6.8)(原子炉緊急停止) (補足資料:その他 ウィキ「原子力事故」) 1973/3 美浜原発で、核燃料棒折損 (関西電力情報を隠匿) 1995/12/8 高速増殖炉もんじゅナトリウム漏洩 1998/2/22 福島原発、制御棒抜け 2004/8/9 美浜原発配管破損 (作業員5人死亡) ・不安定な電源 東京電力保有の17基の原発が全て稼働していたのは、2002初頭〜2005年末までのうち、2002/3/22〜28の 1週間だけ。 2003/4/15〜同年5/8まで全ての原発が、原子炉中枢構造体のシュラウドに頻発していた ひび割れのため止められていた。2002/8/29に内部告発により東電のデータ改ざんが発覚。 ・「電力の3分の1は原発」はカラクリ 日本の電力の3分の1は原発によるとされているが、ここには巧妙な仕組みが隠されている。(2005年の 日本の水力、火力、原子力のそれぞれの発電設備容量(発電能力)と、それぞれの設備稼働率が示されて いる図によれば)火力発電の設備容量は原子力発電の3倍以上あるにも関わらず、約半分しか運転されて おらず、原子力発電の設備を(定期点検中とトラブルによって停止を余儀なくされているものを除いて) フル稼働させた結果、原子力は日本の電力の3分の1を担っているという数字が出てくる。 しかし、原子力発電を全て停止しても火力発電の設備の稼働率を70%程度まで増加させれば、電力の供給 は可能となる。柏崎・刈羽の7基の原発が突然止まっても、東京で電力不足が起きることが無かったのは このためであった。「日本の電力の3分の1は原子力である」のは事実であるが、「原発が止まっても停電 しない」ことの不思議なカラクリはここに潜んでいる。 ・原発がなくても電力は足りている 発電設備は予想される最大電力を供給して、なお十数パーセントの適正な余裕を必要とする。火力と水力 の総量に対し、十分な余裕度を確保するのが困難な状況であったのは、(1982~2007にかけてのデータに よれば)1984から翌年にかけてだけであり、それ以外は全ての期間内に、最大電力が火力と推力の発電能力 の範囲内に、十分な余裕度をもって収まっており、原発の稼働を必要とすることは一度も無かったことは 明らか。年間の総需要においても、夏場の最大電力についても、原発をすべて止めても十分に需要を満たす ことができるのは明らかである。 ・原発と火力の切れない縁とは 不安定な原子力を電源にするためには、その全てが停止しても電力の安定供給を保証する策を講じておく 必要があり、原発のバックアップシステムとして、原発の設備容量を上回る規模の火力発電設備の建設が 不可欠。(→地震で原発がとまっても、停電にはならない。) ・ボトムアップ大作戦 我々は電力不足を心配し節電に努めるが、電力会社は逆を心配。原発は巨大で繊細なシステムであるため、 変動する負荷に追随することができず、運転を開始したら一定の出力を維持しながら運転を続けねばなら ないのが宿命。このため原発は深夜でも使い続ける電力(ベース・ロード)をまかない、変動分は火力や 水力が担当するのが役割分担。 しかし実際はベースロードの限界を超えて原発が次々と建設されてきた。そのため深夜の最小電力の需要を 増やす必要があり、深夜料金設定により、電気温水器、電気自動車、オール電化住宅、などが商品開発 された。(しかし十分ではないため)深夜電力をつかって、水を下のダムから上のダムへとくみあげる、 揚水ダム―設備容量が2,000万キロワットを超えており、原発20基分の電力を消費することができるように なっている―という、電力の捨て場が必要。この巨大施設の建設費も、原発コストに反映されねばならない。 ・・・・・・・・・・・ 原子力発電の発電量は、1998年のピークに下降に転じ、特に東京電力のデーター改ざん事件(東電の原子炉 が全部停止に追い込まれた)に発電電力量は大きく落ち込み、また2007の中越沖地震時の柏崎刈羽原発の 全ての原子炉被災のため、再び減少に転じた。1980年代には日本の電力の40%を担っていた原子力発電の 寄与率は、2007年には30%を下回るまでになった。 ・なぜ国策か <深刻な放射能問題、バックアップのために必要以上の火力発電所の建設、稼働による深夜の余剰電力を 消費するため巨大な揚水発電所も建設> → 通常の商業的発電事業であれば採算を取ることはできないが 日本の電気事業は特殊な国家独占事業として経営されているため、このような無駄が温存されている。 ■1952/4/20(サンフランシスコ講話条約発効1週間前)の読売新聞 「(日本政府は)再軍備兵機器生産に備えて科学技術庁を新設するように具体案の作成を司令した」 ■吉田内閣前田正男 (中央科学技術特別別研究所の目的は)「原子力兵器を含む化学兵器の研究、原子動力の研究、航空機の研究 にある・・・・ http://www.marino.ne.jp/~rendaico/jinsei/genshiryokuhatudenco/gakujyutukaigico.htm ■中曽根康弘の原子力予算 1954/3/2 国会に2億3500万円の原子炉築造予算を提出。「…MSA(1954/3/8発行の「日米相互防衛援助協定」) の援助に対しても、米国の旧式な兵器を貸与されることを避けるがためにも、新兵器や、現在製造の過程にある 原子兵器をも理解し、またこれを使用する能力を持つことが先決問題であると思うのであります。……」 ・保守合同と原子力 1955/12 保守二党が合同して自由民主党が誕生。 ■初代鳩山一郎内閣の自民党結党宣言:「原子力推進、憲法改正、再軍備」 1956/1 国策としての原子力を推進するという特殊な目的をもって、科学技術庁が発足 ・平和利用と軍事利用 ■外務大臣岸信介(石橋湛山内閣)外務省記者クラブ会見での「核武装合憲論」1957/5/14 「…..原水爆もきわめて小型化し、死の灰の放射能も無視できる状態になるかもしれぬ……日本が原水爆 禁止運動に反対しているのは死の灰など全人類に影響を及ぼすおそれのある大量殺傷兵器だからである。 したがって自衛の範囲の核兵器を保有してもよいということは、実験反対の立場と矛盾しない。」 1958/1/6 「…..日本は核兵器は持たないが、潜在的可能性を高めることによって、軍縮や核実験禁止 問題などについて、国際の場における発言力を強めることができる。」←政府中枢では、核の軍事利用と 原子力平和利用は不可分との認識。世論に対しては「核兵器は反対だが、原子力の平和利用は賛成」という 主張になるよう、巧みに操作。 ・佐藤栄作の核政策 日本の原子力施設を利用して核武装することができるかについて、各方面に調査研究を依頼。 1) 1967、 1968年「安全保障調査会」(防衛庁) ■報告書「日本の安全保障」 @日本の核武装について A核武装の技術的可能性 Bわが国の核兵器生産潜在能力 ■「わが国における自主防衛とその潜在能力について」 ■「日本の核政策に関する基礎研究」(内閣情報調査室) 「プルトニウム原爆を少数製造することは比較的容易。もし踏み切れば、中国に一層の警戒心を抱かせ 占めるばかりでなく、ソ連や米国の猜疑心も高める。」「核兵器をもつことはできるが、持つべきではない。」 ■「わが国の外交政策大綱」外交政策企画委員会(外務省) 「核兵器については、NPTに参加すると否とに関わらず、@当面核兵器は保有しない政策をとるが、 A兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(能力)は常に保持するとともに、Bこれに対する掣肘(せいちゅう) は受けないように配慮する。また、核兵器の一般についての政策は、国際政治・経済的な利害得失の計算に 基づくものであるとの趣旨を国民に啓発する」と期されている。 ・核燃料サイクル計画発動 それまでの天然ウラン黒鉛炉から、フランスのスーパーフェニックス計画(超高純度のプルトニウムを 回収)の影響で、佐藤栄作が日本の原子力開発計画の舵を、プルトニウム政策に大きく切り替えた。 外務省内部文書の3つの路線: @ 面核兵器は保有しない政策を内外に表明する必要→「非核三原則」→1972年の沖縄返還国会での 採決で国会決議となる→佐藤栄作のノーベル平和賞 A 「核兵器製造の経済的・技術的能力は常に保持する」→その後の国策に。 1967年ブルニウム技術開発のため、科学技術庁の下に「党力炉核燃料開発事業団(動燃)」設立。 1969年ロケット技術開発のため、「宇宙事業団」を科学技術庁の特殊法人として発足させる。 B Aとのつじつまを合わせるため「これに対する掣肘をうけないように配慮する」。 →フランスのフェニックス計画を模した日本のプルトニウム政策は、その軍事的野心を覆い隠すために、 <核燃料サイクル計画>として立案され、あくまでも<電力生産のための政策>であることが強調された。 商業用軽水炉の使用済み核燃料からプルトニウムを排出する。そのプルトニウムを核兵器として使うには 核分裂性のアイソトープ純度が低すぎる。しかし、この低純度プルトニウムを燃料とする高速炉を建設し、 その炉心を、ウラン濃縮工場から排出するウラン238(劣化ウラン)で作られたブランケットで包み込む ことで、ブランケットの中に超高純度のプルトニウムが生成される仕掛け。高速炉は低純度のプルトニウム を高純度のものに作り替える、プルトニウム・ローンダリング。強い中性子の照射を受けるブランケット のウラン238は、核分裂性のプルトニウムが98%あまり まで含まれた、超高純度の兵器級プルトニウムに 転換されることになる。 [ 吉田茂 →鳩山一郎 →中曽根康弘 →岸信介 →佐藤栄作 ] 現在の政権の中枢には、その息子たちが居座っている。 核の軍事利用と商業利用は別次元のものであるとする世論が形成されているこの国には、この事業計画を 軍事的な視点から評価する土壌が育っていない。 (後略) |