シリーズ連載(3月末から毎月末に1回更新)

  ニューギニア戦線で飢えとマラリアに倒れた数百万の戦友日本兵への弔意から湧き上がる<平和主義・グローバリズム批判>

                    倉兼一二の人生記録  ―獏の戦争/ 獏の百姓放浪記―

 倉兼一二 略歴年表
 
・1919年12月31日、新潟県南魚沼郡旧城内村で、
   栗田家兄弟11人の5人目として誕生。小学校卒業後、
   東京の薬種問屋に丁稚奉公に出かける。 
   早稲田講義録で独学。 
・1939年、徴兵検査を受け召集。
・1941年、海南島に派遣される。
・1942年1月、激戦地ラバウルへ転属。 その後ラエに転進、
   ジャングルを退却中、戦友のほとんどが餓死するのを
   目の当たりにする。
・1946年、帰国。 故郷にいることができず、戦友を頼って
   北海道美深に渡る。
・1947年12月、倉兼家長女、満と結婚。 農家として独立する。
・1950年、幌延村に移転。 北限の農業に取り組む。
・1958年、福岡県八木山開拓地に移転。
・1961年、大分県柏川開拓地で酪農。引き続き
   山香町津山開拓地に移り、牛500頭飼育の牧場主となる。
・1976年2月、パラグアイ国イグアス移住地に入植。 
   600ヘクタールの土地で、自給自足農業を確立する。
・2003年帰国。 現在大分県速見郡日出町在住
                                             
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                           獏の戦争

   目次)
      1.「獏の戦争」を書くことは、私の責務を果たすこと
      2.私の生い立ち概要
      3.海南島・定安
      4.ラバウルからラエへ〜諮の勝利も束の間の夢
      5.ラエからシオへ〜ジャングル死の逃避行〜
      6.凄惨! 地獄の山頂
      7.シオに到着〜潜水艦で脱出〜
      8.再びラバウルに生きて
          @ 到着とたんの空襲   A こげ飯事件   B 小銃紛失事件と不思議な出会い
      9.戦争の終わった日
     10.帰国の日
      あとがき
                 
        → その1  (2010/3/31 掲載)
        → その2  (2010/4/30 掲載)
         →その3     (6/4 掲載